えぬまるライフ

日本一週後の日常を主に、スーパーカブでのお出かけやスマホ事情などを綴るライフブログです。

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入院をしていた95歳の祖母が亡くなりました

   

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2016年2月17日。去年の1月から熱で倒れ、病院を転々としながら入院しっぱなしだった祖母が亡くなりました。享年95歳でした。ずいぶんと長生きしたね。

別れは唐突にやってくる

朝7時頃トイレに起きて、台所でお茶を飲み、出勤までには時間があるので、いつものように二度寝しようと寝床に戻ってウトウト。

朝早くから家の玄関が開く音が聞こえた。階段をのぼる足音が聞きなれない感じだったので、誰だと思っていたら部屋のドアが開いた。

「おばあちゃん死んだぞ。病院行くから急いで支度しろ。」の声で起こされた。

去年から入院しっぱなしで、病院を何個も転院しながら入院を繰り返す寝たきりの状態だったので、いずれはこの日が来るだろうなとは思ってたので、びっくりしたけどすぐに落ち着いた。

入院先の病院へ

入院先の病院へ行くと、父と母が待っていた。どうも自分が寝てからすぐに家に電話があったのか、夜中から明け方にかけて病院にいて看取っていたようだ。

祖母は既に息を引き取っていて、安らかに寝ていた。去年熱を出して病院へ連れて行く時と、最初に見舞いに行った時にかなりしんどそうだったので、ずいぶんと楽そうに見えた。

父も母も、「やっと楽になれたなぁ。」と言っていた。

他のベッドにも症状的に寝たきりに近い状態になってしまっているであろう人が多かったので、”お迎えが来るのを待つ施設”というなんとも言えない雰囲気が怖かった。

葬儀屋さんにて打ち合わせ

自分が病院に着いた直後に、祖母の遺体を運ぶための葬儀屋さんが来てくれた。祖母を乗せた車は一度自宅を経由して式場に行くとのことで、自分たちは先に葬儀屋へ向うことに。

お通夜の打ち合わせに同席したけど、お葬式って祭壇とか花とか火葬場までの車の使用料、お通夜の後の食事代など、本当にお金が掛かることに驚いた。

花が1組で2万円とか、お寿司が1桶で1万円とか、棺に居たっては200万円までのものが存在するらしい。お金を掛けようと思えば何百万円になるみたい。

どうも互助会だか会員だかに入っていたのもあって、本来は110万円くらい費用が掛かるところが、なんやかんや割引やらが聞いて10万円くらいの出費で済むこととなった。

お通夜まで

打ち合わせ後は一度帰宅して礼服を引っ張り出してきて仮眠。寝不足だったのでかなり楽になった。

お通夜までにも枕経という儀式があるようで、死んで初めてお経をあげることらしい。お経をあげてもらった後も、身体を綺麗にする儀式があったりと知らないことだらけだった。

その後、お通夜まで時間が空いたので、”人間が生きていられる時間は有限”ということを考えながら、なんとも言えない時間を過ごした。

お通夜

そしてお通夜の時間になったので、礼服に着替えるものの、太り過ぎてズボンのチャックが閉まらない始末。いっそのこと「四股踏んだろかな?」って思いましたわ。

職業訓練校に通って就職活動する時に一度体験していたのでそうなるだろうなと思っていたが、やはり現実を目の当たりにすると辛いものがある。

今考えると、こんなウエストのズボン履けるやつおらんのちゃうの?って思う部分はあるんだけど、20歳とかその当時の体型に合わせて作られた服だから入ったんだろうね。

甥っ子がはしゃぐなかお通夜が無事行われて終了。その後1桶1万円のお寿司が4桶ほど登場した訳だが、19時からお通夜とのことでみんな食べてきてたようで、かなりの寿司が余ってしまった。

自分たち家族は費用を節約するべく、お寿司はできるだけ親戚の人に食べてもらえるようにと、母が事前に軽くコンビニで購入してきてくれたおにぎりを食べていたのもあって、結構な誤算だった。

まとめ

  • 葬儀は費用や手続きなど、いろんな意味で大変
  • 人間が生きていられる時間は有限
  • 誰でも1日24時間は平等

以上、自分が5歳くらいの時に祖父の亡くして以来での身内のお通夜でした。

1年以上入院生活で、家に祖母が居ない状態があたり前でしたが、やはり亡くなってしまうと悲しいですね。

自分はほとんど見舞いに行くことがなかったので、もうちょっと顔を出しに行っていれば良かったかなと思っています。

親戚などの葬儀に参加する度に感じさせられるのが”人間が生きていられる時間は有限”であるということです。そして誰でも1日の時間は24時間と平等であるということ。

自分が60歳とか70歳まで生きられる確証もないし、もしかしたら35歳とかで死んでしまうかも知れない。いつ死んでも自分の人生はハッピーだったと言えるような人生を過ごしたいと思った。

社会や自分に絶望している暇があるなら、少しでも自分のやりたいことを始める準備や行動に時間を使うべき。行動してみることで見えてくるものは本当にたくさんある。

そして、生きるということは、ある意味残酷だ。

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